(2005/04)
続き
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で。 とんちんかんな桜井先生ネタである。 今日の朝も、持論をしゃべくりまくっていたわけなんだが、その中で 気になるものがあった。
「運転士は最高速度が決まっている以上、カーブで遅れを回復しようと 思っていたのではないか」
今となっては、運転士がどう考えていたのかわからないが、普通の思考回路 からすれば「カーブのスピード超過」よりも「直線のスピード超過」で稼ぐと 思う。それの方がより危険度が低いからだ。 つまり、直線で加速し、カーブ手前でブレーキを直前ぎりぎりにかけて カーブ進入と同時に指定速度にするというのがたぶん職人的な運転士が目指す ところであると思われる(勝手な推測)。 でも計算してみるとブレーキかけるのが200mぐらい遅れてるんだよなぁ。 時間にして7秒強。こんなミスするかなぁ……。もっとも速度120で計算してる ので実際はもっと時間が短いはず。
2005/04/28(Thr)
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尼崎JR脱線事故
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こんなページを作ってるくらいだから鉄オタである。
重大な事故が起きてしまった。
原因についてあれこれ言ってもしかたがなく事故調査委員会の原因調査を待ちたい。 ただ、現代においてこれほど簡単に電車が吹っ飛ぶ(としか表現できない)とは 思わなかった。スピード違反だけが原因とは考えづらく、きっと些細な原因が積み重なった 複合脱線であると思われる(しかたないと言いながら言ってしまった)。
それにしても今回の報道も見ていてひどいなぁ……って思うことがたくさんあった。 基本的にマスコミはこういう事件が起きたときに誰かを犯人にしないと気が済まない。 なので、過密ダイヤだったり、労働条件だったり、運転士自身だったり、置き石だったり。 社長に「原因はなんだ,なにも言えないのか」と食ってかかったりする程度の低い記者も いる。たくさんの人が死んでいる事故であるからこそ、事故当日に原因を軽々しく言える はずがない。むしろ、言ってもらっては困るのだ。 そんなマスコミに登場する専門家も困った発現を垂れ流す。特に「桜井淳」という 専門家は事故当日から「置き石では脱線しない」とかとんでもない発言を繰り返す。 毎日新聞の記事では「事故車両が鉄製車両に比べ強度の劣るステンレス製でなければ、 車両がマンションにめりこむようなことはなかったのではないか。」と発言。素材は違うが 必要とされる強度をきちんと満たしているはずで、鉄製だからステンレスだからといって 側面衝突されたときの被害はそれほど変わらないはずである。もし、さらに強化すると 言っても安全対策に掛けられる費用は有限である。その限られた資源をいかに効率良く 扱うかということが重要であり、側面衝突を考えることよりも脱線をできるだけ少なく することの方が効率がいいのではないだろうか。 最後に、間違えてはいけない。「新幹線『安全神話』が壊れる日」という本を書いているが 桜井淳は「原子力の専門家」だ。同じく仮想ダイヤを作ってるだけの川島令三に事故を 語らすな。もっと本当の専門家に話を聞くべきである。
2005/04/27(Wed)
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吉野家シリーズ
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気づいたら親子丼が無くなっていた。 なか卯に比べたらぜんぜんおいしくないのだが、食べようと思って久々に129号線平塚店に 行ったがなかった。ま、それほどおいしいものではないんだけど。
吉野家の代替メニューで一番好きなのはソースカツ丼だ。なかなか販売している店舗は少ない ので食べる機会が一番難しいメニューである。しかしながら、ソースの味がきつすぎずそれなり に食べられる味になっている。 その一方で牛焼肉丼はおいしいんだが、味が濃すぎる。タレの量も多く、もう少しくどく なくなればいいのになぁ……って思う。
2005/04/25(Mon)
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大道芸
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近年、大道芸がかなり身近なものになってきた。 大道芸のイベントも各地で行われ、また休日には公園などで大道芸人が パフォーマンスを行っている。何年か前に比べればその場所は増え、見る 機会も多くなってきた。 その決め手を作ったのは石原都知事が提唱、実現した「ヘブンアーティスト 制度」だろう。ニューヨークの制度を見本に、大道芸を東京都の公共施設で 自由に披露できるライセンス制度の名称である。 しかし、この制度での欠点は「大道芸」への対価として「金銭の要求を してはならない」ことである。本来ならば大道芸というのは芸に対して報酬を 観客自身の満足しただけ後払いする「投げ銭制度」というものがある。海外 ではこれが当たり前のように行われ、大道芸の文化が発達してきた。ところが、 日本での大道芸の事情は少し違う。日本古来の大道芸は「がまの油売り」 「バナナのたたき売り」に代表されるような啖呵売が多かった。そのため、 日本で大道芸と言えば「あくまで芸は物を売るための手段」であり、「見た 芸に対価を払う」という意識はかなり低く、トラブルも起きやすい。道ばたで やっているものは見るけれど具体的に何かを買う(もらう)のでなければ お金は払わない、それが日本人の典型的なパターンである。その昔、舞台が 終わった際に役者に対してご祝儀として「おひねり」をした文化のある人種 とは思えない。 「投げ銭制度」とは自分の芸がどのような評価をされるのか、これ以上ない ほど客観的にわかる場である。また、道ばたで行うということは出演料は 投げ銭自身になる。つまり、その芸人自身の腕にもよるが、投げ銭してもらい やすい状況を作っていけば大道芸人が正当に評価され、大道芸人になる人も 増えるだろう。 日本での「投げ銭制度」はまだまだ始まったばかりである。この「投げ銭 制度」が浸透するか否かで日本の大道芸文化の行方が左右されるに違いない。
2005/04/20(Wed)
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